西郷隆盛像はなぜ犬連れ?愛犬ツンの真相と教科書が隠す驚きの愛犬家秘話
東京・上野恩賜公園のシンボルとして、120年以上にわたり親しまれている「西郷隆盛像」。浴衣姿で腰に刀を差し、傍らに堂々とした一頭の犬を従えたその姿は、日本人なら誰もが一度は目にしたことがあるはずです。しかし、なぜ幕末から明治維新を牽引した希代の英雄が、軍服姿ではなく「犬を連れた散歩姿」で銅像になっているのでしょうか。
その背景には、教科書には載っていない壮絶な体調管理(ダイエット)の記録や、歴史に名を残す名工たちの思惑、そして周囲を呆れさせるほどの規格外な「愛犬家エピソード」が隠されていました。本稿では、連れている愛犬「ツン」の犬種や性別にまつわる驚きの真相から、生涯で飼った犬たちの名前一覧、妻が銅像を見て漏らした名言の真意まで、知られざる歴史の深層を徹底的に掘り下げます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 決定的な理由:犬を連れている理由は「うさぎ狩り」を通じた過酷なダイエット運動と、政治的配慮による庶民派イメージの強調。
- ツンの真実:銅像の犬のモデル「ツン」は薩摩犬のメスだが、制作時には死亡していたため別のオス犬をモデルに造形された。
- 驚きの愛犬家ぶり:生涯で飼った犬は数十匹に及び、鰻の蒲焼きを分け与え犬に敬語で話しかけるほどの溺愛ぶりだった。
【真相解明】なぜ上野の西郷隆盛像は犬を連れているのか?知られざる決定的な理由
上野公園の西郷隆盛像が犬を連れている最大の理由は、西郷の晩年における日課であった「うさぎ狩り(兎狩り)」の姿を再現しているためです。決して優雅な愛犬との朝の散歩を描いたものではありません。
明治維新後、新政府の要職に就いた西郷は、極度の美食と激務から急速に体重が増加しました。最盛期には体重が約110kg(一説には120kg近かったとも)に達し、身長約178cmの当時としては大柄な体躯を考慮しても極めて危険な肥満状態に陥っていたのです。動悸や息切れに悩まされた西郷を診察したドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツ(またはテオドール・ホフマン)は、命の危険を警告し、厳格な食事制限と激しい運動を命じました。
そこで西郷が選んだ運動療法こそが、猟犬を引き連れて山野を駆け巡る「うさぎ狩り」でした。西郷にとって犬は単なるペットではなく、自身の命を守る減量トレーニングに不可欠な「狩猟の相棒」だったのです。
また、政治的な意図も大きく関係しています。西郷は西南戦争で朝敵(国家の敵)として命を落とした歴史を持ちます。後に名誉回復がなされて銅像が建立される際、軍服を着た威圧的な陸軍大将の姿ではなく、国民に愛された素朴な私生活の姿——愛犬と山野を歩く姿——を採用することで、新政府への刺激を避けつつ親しみやすさを前面に押し出す狙いがありました。
愛犬「ツン」の正体とは?銅像のモデルとなった犬種と名前の由来
上野の銅像で西郷の足元に寄り添っている犬は、西郷が最も愛したとされる愛犬「ツン」がモチーフになっています。
ツンの犬種は、鹿児島県原産の日本犬である「薩摩犬(さつまけん)」です。薩摩犬はオオカミのような引き締まった体躯、ピンと立った三角の立ち耳、太く力強い巻き尾が特徴で、非常に勇敢かつ主人に忠実な名猟犬として知られていました。「ツン」という独特の名前は、毛がツンツンと逆立っていたことや、ツンと澄ました気品ある表情から名付けられたと伝えられています。
しかし、ここに美術史上有名なひとつの「食い違い」が存在します。銅像の制作当時、本物のツンはすでに病死していました。そのため、彫刻を担当した彫刻家は、ツンの特徴をよく知る人々からの聞き取りや生前のスケッチを頼りにせざるを得ませんでした。
さらに驚くべきことに、実物のツンは「メス犬」であったのに対し、上野の銅像に鎮座している犬は「オス犬」の特徴を持って制作されています。後述する名工が、別の名犬をモデルとして体型を補正した結果、歴史の表舞台に立つ銅像に奇妙なズレが生じることとなったのです。
銅像制作の舞台裏|彫刻家・髙村光雲と妻・糸子の「似ていない」発言の真意
上野公園の西郷隆盛像は、日本近代彫刻の巨匠たちが分担して制作した最高傑作です。西郷隆盛の本体部分は『智恵子抄』で名高い高村光太郎の父である髙村光雲(たかむら こううん)が手掛け、傍らの愛犬は動物彫刻の第一人者であった後藤貞行(ごとう さだゆき)が手掛けました。
後藤貞行は犬のリアリティを極限まで追求するため、西郷の弟である西郷従道(さいごう じゅうどう)が飼っていたオスの薩摩犬や、他家から借り受けた優秀な日本犬をモデルにして筋肉や骨格を徹底的にスケッチしました。その結果、頭部はメスの「ツン」の面影を残しつつも、身体全体は逞しいオス犬の骨格を持つという、美術的リアリズムと妥協の産物が完成したのです。
1898年(明治31年)12月18日、盛大に行われた除幕式において、西郷の正妻である西郷糸子(いとこ)が銅像を見るなり、周囲を凍りつかせる一言を放ちました。
「宿んし(うちの主人は)は、こげんなお人じゃなかったこて…」
この発言は長年「顔が似ていなかったからだ」と解釈されてきましたが、近年の研究では真意が異なるとされています。西郷は生前、人前で浴衣姿のような着流しで歩くことを極端に嫌う礼節を重んじる人物でした。糸子は、夫が人々の前に「普段着で犬を連れた姿」で晒されていることに対して、驚きと戸惑いを隠せなかったのだと伝えられています。
実は数十匹飼っていた?西郷隆盛の規格外な「愛犬家エピソード」
西郷隆盛の犬好きは、現代の愛犬家すら圧倒されるほどの熱量を持っていました。生涯で飼育した犬の数は、確認されているだけでも常時十数匹、生涯累計では数十匹にのぼります。
当時の武士や明治の高官としては異例とも言える、西郷の筋金入りの溺愛エピソードをいくつか紹介します。
- 愛犬に人間以上の贅沢食:西郷は食事の際、自分の膳から肉や魚を犬たちに気前よく分け与えていました。好物の「鰻の蒲焼き」を丸ごと犬に食べさせ、家計を預かる家族から真剣に怒られたという逸話が残っています。
- 犬に対して「敬語」で接する:西郷は犬を決して下に見ず、一頭一頭を家族として遇しました。犬に声をかける際にも「〜でございますか」「おいでになりますか」と敬語を使っていたと側近が証言しています。
- 東京の屋敷に大量の犬:明治初期、東京・麹町の屋敷に暮らしていた頃は、庭に十数匹の猟犬を飼い、夜になると部屋の中に入れて一緒に雑魚寝をしていました。
- 他人の犬も放っておけない:道端で怪我をしている野良犬を見つけると、屋敷に連れ帰って薬を塗り、完治するまで手厚く看病して元の場所へ返したとされます。
西郷にとって犬たちは、権謀術数が渦巻く政治の世界で唯一、損得勘定なしに心を許すことができる純粋な魂の拠り所だったと言えます。
【完全保存版】西郷隆盛の愛犬の名前一覧とそれぞれの個性的な物語
西郷が特に可愛がり、歴史的な記録や手紙に名前が残っている主な愛犬たちを紹介します。西郷のネーミングセンスは非常に直感的で、毛色や特徴から名付けられたものが多く見られます。
| 愛犬の名前 | 犬種・特徴 | 詳細・エピソード |
|---|---|---|
| ツン | 薩摩犬(メス・黒茶) | 上野銅像のモデル。薩摩川内市の前田善兵衛から懇願して譲り受けた最も有名な名猟犬。 |
| カヤ(シロ) | 日本犬(白毛) | ツンと並んで西郷が深く寵愛した猟犬。ウサギの足跡を見つける天才的な嗅覚を持っていた。 |
| クロ(黒) | 日本犬(黒毛) | 非常に敏捷で勇敢な性質。猪狩りなど大型獣の追跡でも一歩も引かない度胸を持っていた。 |
| 虎(トラ) | 虎毛の薩摩犬 | 美しい虎斑(とらふ)模様を持つ力強い犬。西郷が東京から鹿児島へ下野する際も同行。 |
| テツ(鉄) | 大型猟犬 | 骨太で体格が良く、西郷が山歩きをする際の護衛役としても頼りにされていたとされる。 |
| ユキ(雪) | 日本犬(メス) | 性格が非常に温厚で人懐っこく、西郷の寝床の足元で暖を取るのが日課だった。 |
これらの犬たち以外にも、「陸(リク)」「ブチ」「ジロ」といった犬たちがいたとされ、西郷が下野して鹿児島に戻った後も、常に十数頭の犬たちが西郷の周りを取り囲んでいました。
【西郷 隆盛 犬】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上野公園の銅像の犬は、本物のツンと完全に同じ姿なのですか?
A1:いいえ、完全には同じではありません。モデルとなった薩摩犬の「ツン」はメス犬でしたが、銅像制作時にはすでに死んでいたため、彫刻家の後藤貞行は別のオスの名犬をモデルにして肉体を制作しました。そのため、顔立ちや耳はツンをベースにしつつも、体格はオスの特徴を備えています。
Q2:西郷隆盛はなぜそこまで「うさぎ狩り」にこだわったのですか?
A2:主な理由は重度の肥満を解消するための「過酷なダイエット」でした。医師から運動を強く指示された西郷は、単調な歩行ではなく、愛犬とともに山野を駆け巡るうさぎ狩りを減量トレーニングとして選び、連日何十キロも歩き回っていました。
Q3:薩摩犬は現在でも飼育されている純血種ですか?
A3:純粋な薩摩犬は昭和期に一時絶滅寸前まで減少しましたが、鹿児島県内の有志による保存会が立ち上がり、交配と復元活動が進められました。現在でも「昭和錦号」などを祖とする保存系統が細々と受け継がれていますが、全国的に極めて希少な犬種となっています。
まとめ:愛犬との絆から見えてくる西郷隆盛という男の真の魅力
上野公園にたたずむ西郷隆盛像が犬を連れている理由——それは、命がけの健康管理のために山を駆けた飾らない日常と、無類の犬好きであった西郷のパーソナリティを象徴する歴史の結晶でした。
明治維新という日本史上最大の変革を成し遂げながらも、権力闘争に溺れることなく、最期まで愛犬たちに囲まれて山野を駆け巡った西郷隆盛。鰻の蒲焼きを分け与え、敬語で話しかけたというエピソードは、彼の持つ底知れない優しさと人間味を何よりも雄弁に物語っています。
次に上野公園を訪れる機会があれば、ぜひ西郷の足元で凛々しく立つ「ツン」の姿をじっくりと眺めてみてください。激動の時代を駆け抜けた巨人と、彼を無償の愛で支え続けた名犬たちの温かな絆が、時を超えて感じられるはずです。 (出典: 西郷 隆盛 犬(Yahoo!ニュース))